児童の伝聞情報に基づく教師評価の危険性について
『あっぱれさんま大先生』の「あっぱれ」と「大先生」って、いったい誰が言ってるんだろう。
← 運営ブログ子供たちが言ってるとしたら、そもそも子供が「あっぱれ」なんて言うだろうか。「さんま大先生」と呼ぶのも、かなり不自然な気がする。
となると、これは保護者から見た評価なのかもしれない。
ただ、保護者の姿はほとんど見えない。もし子供が家に帰ってから「今日、さんま先生がこんなこと言っててさ」と話した内容だけを聞いて、保護者が「あっぱれ! さんま大先生!」と言っているのだとしたら、それは少し子供の話を信じすぎではないだろうか。
もちろん、子供を信じることは大切だ。
しかし、子供の話をすべて言葉どおりに受け取るのも、それはそれで問題がある。
子供というのは、悪意がなくても話を盛ることがあるし、自分に都合の悪い部分を省略することもある。
「さんま先生にこんなこと言われた」
と聞いて、事情も確認せずに「あっぱれ」と評価してしまっていいのだろうか。
逆に、それが何らかのSOSのサインである可能性だってある。
子供は笑い話として話しているけれど、実際には教室でかなり傷ついていたのかもしれない。
そう考えると、保護者として必要なのは「あっぱれ」と称賛することではなく、
「そのとき、あなたはどう思ったの?」
と、まず本人の気持ちを確認することではないだろうか。